2011年02月02日

069:「邂逅(かいこう)」

 2月に入ってしまった今頃になって恐縮ですが、ご挨拶を忘れていました。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 年末から年始にかけて大変あわただしく過ごしておりました。年末にいつもの友達家族とスキーに行き、12月31日に帰ってくる途中の高速が雪で通行止めになりました。京都のあたりで数年ぶりの大雪だったそうです。途中で下道を走り、また京都南から高速に乗り、帰宅したのですが、下道を走っているときもあちこちで渋滞に巻き込まれ、大津のコンビニで新年を迎え、帰宅したのは午前1時半という状態でした。また、次の週の連休もちょっとした用事があり、熱海まで車にて2泊3日の旅行に出ていましたので、何やらいつもとは違う忙しい新年で幕を開けました。

 私の読書は、気の向くままに数冊の本を平行して読んでいるようなやり方です。家にいるとき、電車の中、仕事場での休憩の時など、それぞれの状況に合わせて、何冊かを読んでいます。最近、書斎にあった古い文庫本「人生論・幸福論」(亀井勝一朗著、新潮社版)に目がとまり、何気なく開いて見ました。これは、もう30年以上前に購入したものなので、色もそれなりについていて、字も小さめで、内容は全く覚えていないのですが、私の記憶ではもう読み終わったものと思っていました。ところが、しおり用のヒモがほんの数十頁のところで挟まっていましたので、まだ読み終わっていない状態でした。途中で飽きたのか、別の本に目移りしてそのままになったのか今となってはわかりませんが、また最初から読み始めてみました。するとなかなか奥深い内容で、いくつかの言葉が心の琴線にふれてきました。今だからこそ、そのように受け取れたのですが、もし昔だったら、おそらく何やらわけのわからない内容だったろうと思いました。実際、分けがわからないので、そのままになっていたのかもしれません。まだこの本と「邂逅」する時期ではなかったのでしょう。読んでいる途中ではありますが、たくさんの共感できる文章のうち、最近読んだ一部をそのまま抜粋してみます。
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・・・(中略)・・・
「遇いがたくして今遇うことを得たり。聞き難くして既に聞くことを得たり」(親鸞「教行信証」)
・・・(中略)・・・
 論語の中に「朝(あした)に道を聞けば夕べに死すとも可なり」という有名な言葉がある。この場合、「死すとも可なり」の「可なり」に重点があるのではなく、「道を聞けば」といったときの、喜びの端的な表現として「可なり」に意味があるので、この言葉は孔子の幸福論と言っていいだろう。
 「幸福とは邂逅の喜びだ。同時にそれは感謝の念の起こるところである。邂逅と謝念とは不可分のもので、そのときの喜びの言葉が、さきの親鸞の言葉に端的にあらわれている。そしてこれは彼の全生涯を貫く基調となる。彼の生涯を決定する。
・・・(中略)・・・
 邂逅と謝念と、更にそこに生ずるのは信従ということである。この邂逅と謝念と信従という関係は、あらゆる宗教の根本を貫くものではあるが、しかし宗教だけでなく、人間関係の最も深い基本であることは言うまでもない。そしてここで、開眼ということが起こる。それまで見えなかったものが明らかに見えてくるということだ。同時にここに人間の転身ということが起る。人間は生涯の中に、幾度か転身を迫られて始めて人間として形成されて行くことはさきにもふれたが、この転身の動機となるものが邂逅である。そしていままで見えなかったものが明確に見えてくるということは、言葉を換えて言えば、人間としての苦悩が更に深まるということだ。多くの社会悪や自己の内面の醜悪さなどがはっきり見えてくるために、苦しみは倍加するかもしれない。だから邂逅と謝念と信従と転身は、そのまま必ずしも人間の心の安らかさを意味するものではない。むしろ逆に一層多くの不安を我々にもたらすかもしれない。しかし、幸福とはそういう不安に耐え抜く勇気だ。不安が大きければ大きいほど、苦悩が深ければ深いほど、そうある状態の中で邂逅の喜びを抱き感謝の念をもつということだ。幸福という言葉を用いるとき、まず何よりも心の安定を欲するし、たとい安定したようにみえても、常に不安定なものが前方にあらわれてくる。その不安定のものに耐えて、それを切り抜けて行く勇気そのものが幸福だと感ずるためには邂逅の謝念が前提となっていなければなるまい。・・・(中略)・・・」(「人生論・幸福論」(亀井勝一朗著、新潮社版)より)
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 著者の示したかった内容とは異なるかもしれませんが、私がこの文章で自分の心に生じた考えは以下のことです。

 「幸福」という言葉は人により様々な捉えかたがあると思います。咽がからからに渇いているときに出会う一杯の水や、空腹のときに出会う一杯のご飯に幸福を感じる場合もあるでしょう。ちょっとした迷いがあるときに人から助言を受けたり、本などからヒントを得たり、こういった小さな出会いや幸福感ももちろん大切ですし、たくさんの出来事の中に含まれています。しかし、上記のように「邂逅」という言葉にふさわしい出来事は少し次元を異にするような感じがします。これは、やはり精神的にかなり行き詰まっていて、まるで先が見えないような状況のときに、その打開に導かれるような人との出会いや、書物などを通しての全く新しい考え方や生き方との出会いなどです。状況は同じなのに、それを受け止める心の有り様がすっかり変わるために「苦」と感じていた感覚が軽くなり、何やら世界が輝いて見える瞬間です。そして、新たな方向性が見えてきて、また歩もうとする気力がもどっている。そんな感じでしょうか。私にも経験があります。
 しかし、そのようにすべてを肯定できるように感じる心の安定も、やはり時が経過すれば、また前方に新たに不安定なものがやってくる。安定というのはある意味幻想であって、固定したものは何一つありません。必ず訪れる変化の中では、常にバランスを取りつつ歩んでいくという微妙な動きがあるのです。微妙な動きを伴いつつバランスを取っている姿が安定という状態に見えるのでしょう。そういったバランス感覚を得ているのが「幸福」な状態と言えるかもしれません。
 安定していると思える状態から、また種々の変化に出会い、それに翻弄されて迷い、時には心の閉塞状態に陥っている時、見失ってしまったそのバランス感覚に再度気づかせてくれるような何らかの小さな出会いや、あるいは人生そのものに大きく影響を及ぼすような、まさに「邂逅」という瞬間があるのです。そして取り戻せたバランス状態で生じる謝念、そこから見えてくる新たな方向(開眼)と転身。人生、生きている限りはこの繰り返しを続けるのでしょうか。
 いずれにしてもその時々を、いかに意識的に感応していくかが大切だと感じます。変化は常に起こっているわけで、それに対して無意識に対応していれば、何の変わり映えもない停滞した出来事として捉えてしまうかもしれません。逆にしっかりした意識をもって相対すれば、何でもない出来事の中にも人生をガラッと変えてしまうような機縁に出会うことになるかもしれません。以前、禅を行ずる人が一瞬で大悟したといういくつかの話しを読んだことがあります。そのきっかけとなるのが、師の一喝であったり、鳥の鳴き声であったり、どこかで誰かが歌う一節のフレーズであったり、様々な瞬間があるようです。それらの出来事の特殊性という訳ではなく、行ずる人の機が熟しているからかも知れませんが、やはり常に意識的に今現在を生きようとする姿勢が、その機を熟させるのに大事なのではないかと思います。
 「言うは易く行うは難し」ですが、「私もかくありたい!」(どこかで聞いたセリフ…)と願っています。

(遠田弘一)
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2010年11月03日

068:「人生のフィジカルパンチ」

 大分、ご無沙汰しておりました。個人的にいろいろ忙しくしていたことと、自分の心がこの数年はかなり求心的な方向へ傾きつつあり、特に今年に入ってからはますますその傾向に拍車がかかっていたため、外側への表現が億劫になっていたこともあります。具体的には、いつの頃からか、おそらく20数年前に取り付かれた一大疑問「生とは?」
「死とは?」「人生とは?」ということへの考究です。これに対しての明確な回答を得たわけではありませんが、その問いに捕まって、10年弱を経てようやくある方向への落ち着きを得て、地に足のついた生活ができるようになりましたが、それでもこの問いは常に念頭を離れることはなかったように思います。もちろん何かに熱中しているときは一時的に忘れています。しかし、それが過ぎ去り、落ちついてくると常に考えることはそういったことです。実は、今年の夏にもこの話題について書き始めたのです。個人的には、6月、7月は父、母の命日が続くため、「死」ということに自然と心が向き合ってしまう季節でありましたし、今年はちょうど韓国俳優のパク・ヨンハさんの自殺のニュース流れました。嫁さんと一緒に韓流ブームに乗ったのはやはり「冬ソナ」でした。この名作は数回見ました。主人公の恋敵を熱演するパク・ヨンハさんは私の中でも馴染みの俳優さんになっていましたので、そのニュースを聞いたときは少なからず衝撃でした。「自殺」ということについての是非をここで論じるつもりはありません。その選択に至るまでの過程は結局その人の人生を歩んでみなければわからないことだからです。しかし、少なくとも私の今までの人生経験からは「簡単に結論を急ぐことはないかもしれないな」とは言えます。「死」と呼ばれる現象は誰にでも必ずやってきます。それまでに「生」ある限りは生きて何かを経験するというのも貴重な選択だと思えるからです。このような考えに至った経過や「生」「死」という問いについてどのように考えているかということは、夏に書き始めた時もそうですが、結局これらを語ろうとすればするほど内容がプライベートな方向に入ってしまい、分かち合えるような内容にならないことに気付いて止めた経緯があり、今もそれは同じですので、深入りはしません。個人個人がそれぞれに考え、それぞれの答えに従って生きていく他はないからです。

 さて、相変わらず長い前置きから開始した今回のトピックは以下のことです。
 人生経験とはまさに変化の連続であり、上記の如く、求心的な方向に心が彷徨っていたとたんにガツンと現実に引き戻されるような出来事が起こりました。先週の土曜日(10/30)の夜の出来事でした。1階で騒がしくしている子供達にそろそろ歯磨きを促して、寝かせようと思っていた矢先に何やら泣き声と妻の「折れた〜っ!!」という声が耳に飛び込んできました。急いで下へ行ってみると長男の左前腕部の一部があらぬ方向で曲がり、妻がそれを両手で支えていて、余程痛いのか、苦悶様表情で泣いているといった状況でした。骨折は明らかでした。詳しいことは解りませんが、何やらふざけているうちにつまずいて床に手をついた際にやってしまったようでした。さぁ、こうなると「生」「死」どころではありません。現実に行動しなければならない状況へ投げ込まれ、一連のやるべき行動に従いました。つまり、患部を冷やす必要があったので、買い置きしていた冷えピタを貼り、添え木を探してきて、腕に添えタオルで固定し、夜に診てもらえる病院を探し、連絡をつけてもらい、車で直行しました。私と負傷した子どもだけでは何かあったときに動きがとれなくなるので、妻にも同行してもらいました。すると下の子ども二人では留守番はできませんので、当然一緒に連れていきました。一番下の子はすでに寝ていたのですが、起こして車に乗せ、家族総出で出発しました。診てもらった病院でのレントゲンにて判明したことですが、左前腕部で手首からすこし離れた場所の骨折、しかも橈骨および尺骨ともにきれいに折れていました。きちんと治療するにはやはり手術が必要だとのことでした。その時は臨時なのでそのまま固定してもらい、家から近くの病院を紹介してもらって帰りました。固定されてからは、痛みも若干落ちついてきて、時々痛み止めを服用するだけで、なんとか過ごしていました。日曜日もそのままの状態で過ごし、月曜日に受診し、翌日の火曜日に手術と決まりました。当日の手術前には痛みはそれなりに落ちついていましたが、手術は整復およびワイヤーを挿入して固定するというものでしたので、術後に麻酔が切れてきた時には痛みで苦しがっていました。これも坐薬でやり過ごし、翌日には痛みも軽快していました。結局2日間の入院と手術自体も病室から出て、戻ってくるまでに約1時間程度でした。負傷してからは約5日間でしたが、嵐にでもあったような出来事でした。

 今は、子どもも退院してきて、三角巾をしていますが、笑顔も戻っています。
人生何が嫌かといって、親としては、子どもが何らかのことで苦しんでいる姿を見るのは本当につらいものです。子どもの経験を親が代わることはできません。いきなりの変化として訪れた事態でしたが、なんとか大事にならずに過ぎ去った感があります。
不幸中の幸いという言葉がありますが、この場合も骨折は足ではなく手だったので、動き回ることができますし、利き手ではない方の左腕でしたし、骨折部位も関節部分ではなかったので、後遺症の心配もそれほど気にしなくていいようです。また、日曜日に妻の両親が来てくれて、下の子供達の世話をしてもらいました。子供達も思わず、おじいちゃんとおばあちゃんと過ごすことができ、楽しかったようです。

 というわけで、「生」というものは、こちらの思惑はどうあれ、いつの間にか流れ来たりて、流れ去っていきます。今現在の境涯にてそれを受け止め、必要と思われることを淡々と処していくのみです。

(遠田弘一)
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2010年04月03日

067:「昔は物を思はざりけり」

春4月・・・。皆さんはこの時期をどのように捉えているのでしょう。季節的には寒い冬から温かい春へ移り変わっていきます。少し我慢し、じっと縮こまっていた状態から、ようやく身体を伸ばし、活動できるような状態へ変化していく季節です。年度末として様々な物事のけじめがつけられ、次の新しい年度に入る時期です。「親しい人々や慣れ親しんだ環境との別れ」と「新しい出会いや人生が開かれてくることへの期待」などが入り交じったような独特な心境になる時期でもあります。

私も個人的には、今年の3月が誕生日であり、ついこの間、「50の大台に乗ってしまったぁ〜」というわけで、なんとも言えない心境にあります。さらに個人的なことですが、私の妻のご両親が山口県の下関に住んでおりますが、種々の事情により、長年住み慣れた家から引っ越すこととなり、つい先日なんとか無事に引っ越したという連絡を受けていました。まだ、荷物の整理がついていなく、高齢のご両親だけでは心配なため、妻が手伝いに行きたいというので、今日4/3(土曜日)から向こうへ向かいました。子供達も丁度春休みでもあり、おじいちゃん、おばあちゃんに会いに行くということで、ついて行きました。私は土曜日は隔週で仕事があり、今日も仕事のある日だったので、一人で留守番ということになりました。仕事から帰ってきて、「ああ〜、行ったんだなぁ」という空気に包まれて独り物思いにふけっています。

・・・とちょうどこのことを書いているときに妻からの電話があり、「無事に着いた]
とのこと。言うことを聞かない子供3人を連れての旅はどうなることかと気をもんでいたので、まずは一安心。しかし、なんとも知れない寂しさをひしひしと感じています。
両親や兄弟とも離れて、まだ結婚もしていない独り暮らしの学生時代は、別になんとも思わなかったのに、家族を持ち、妻や子供と暮らす一種の喧騒状態が普通の状況からいきなり、独り自由の境涯に投げ出されることのなんと侘しいことか。

私の家は、どちらかというと部屋をきっちりと区切ってはいないので、家全体が一つの部屋のような作りとなっています。そのため、書斎にいても、常に家族の気配を感じています。自分のしたいことをやっていても必ずといっていいほど、中断しなければならなくなる状況が訪れます。それは妻からや子供達からの用事のためです。特に子供などは、自分達の遊びをしているうちはよいのですが、それに飽きると、なんとなくやってきて、まとわりついてきたり、一緒に遊ぼうという要求をしてきたり、兄弟げんかのいきさつを支離滅裂な話ぶりで泣いて訴えてくることもあります。今はその気配も途絶え、独りパソコンに向かって作業しています。このような状況に置かれて、初めてあの喧騒の状態がなんと心地良かったのだろうと思わざるを得ません。2日後の月曜日に帰ってくることはわかっているのに、もうすでに長く感じています。

数十年前のことになりますが、今は亡き私の父も長く東京で家族と暮らしていて、この大阪で仕事をすることに決まり、単身赴任してきたわけですが、正月などに東京に帰ってくると「寂しいよ〜」ということをよく言っていました。この場合は単身赴任ですから、その寂しさはいかばかりか? 私も今頃、その寂しさのほんの一端が理解できました。「50にして知る」です。

ふと百人一首の「逢ひ見ての後の心に比ぶれば 昔は物を思はざりけり」という歌が思い出されました。この歌は、本来男女の恋に関する歌であり、意味は若干違いますが、「昔は物を思はざりけり」という部分がやけに共感を呼び起こします。
妻や子供という存在は魂としての何らかの深い縁があり、今このように家族として出会っているわけです。出会う以前の心と出会ってからの心とは自ずからたいへんな違いが生まれています。少しの期間でも離れてみるとその存在のいかに有難いものであるかを息苦しいような痛みとともに感じている一時です。

(遠田弘一)
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2010年01月09日

066:「フェルマーの最終定理」

明けましておめでとうございます。
悠久なる時の流れは、刻一刻と過ぎ去り、同じような日々の生活が繰り返されているようで、実は様々な物事が変化し、移り変わっていきます。私の家での変化としては、Wii(ウィー)というゲーム機が仲間入りしたことです。

昨年の秋ごろからか、長男(9歳)が友達の家でWiiのゲームをするようになり、相前後して、長女(7歳)もまた友達の家で同様のWiiのゲームを覚え、さかんに2人で話題にするようになってきました。クリスマスのプレゼントもWiiがいいということで、意見が一致し、サンタクロースにお願いすることになりました。私も妻も基本的にはゲームは乗り気ではなかったのですが、友達の家でやっている以上、もうしょうがないので、クリスマスプレゼントはWiiということになりました。もちろん、時間を決めてやるという条件で・・・。当初の予定では1日1〜2時間くらいのはずが、冬休みの期間は、それだけで収まるはずがありません。3人の子ども達が交代しながら2人ずつやるということになるため、結局は1時間やったら1時間休憩を入れるというようなことにいつの間にか変わってしまいました。
驚くことには、次男(今月末で4歳)はそれまで、そのようなゲームのコントローラーをいじったことがないはずなのに、兄弟に混じってやるうちにいつの間にか使いこなせているようで、それなりに楽しんでいます。

また、朝が早いこと、早いこと。平日は小学校や幼稚園があるため、子どもを夜の9時頃には寝かせ、朝は7時には起こすようにしています。長男と次男は比較的すぐに起きる方ですが、長女はなかなかしぶとく、何度も声をかけ、7時半頃になって、ようやく起きてくることがしばしばです。そんな子が、長男に促されて、ほぼ毎朝6時か6時半頃に起きてきて、ゲームをしようとします。動機が強いと、生活習慣もこうも変わるものかといういい例です。もちろん、朝っぱらからいきなりゲームを始める習慣はよくないので、まずは冬休みの宿題をやらせるか、宿題が終わってからは、こちらが課題を与えて、勉強をきちんと終わらせてから、ゲームをさせるようにしていました。しかし、買ったばかりなので、ほぼ1日の大半はゲームをしているような感じです。時々友達も来ては、みんなでしているとのこと。今、お気に入りでよくやっているのは、「大乱闘スマッシュブラザーズ(略して、スマブラ)」で、「たーたらら〜、たらららら〜」という知る人ぞ知る、そのテーマ曲がほぼ1日中リビングで鳴り続けています。私の頭の中にもインプットされ、時々その曲が頭の中を駆けめぐります。この間の新聞で任天堂のWiiがクリスマス商品として善戦したという記事をちらりと見かけました。わが家と同じような状況があちこちで生じているのでしょう。ゲームにのめり込んでいる姿を少々苦々しく思いながらも、朝の課題はそれなりに終わらせていることだし、買ったばかりなので、ある程度飽きがくるまではしようがないかという気持ちもあり、複雑な心境で新年を迎えています。

さて、長い前置きになりましたが、話しが全く変わって、今回の話題をお話したいと思います。タイトルにもあるように年末にふとしたことから読んだ、「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著)です。
この定理とは、「3以上の自然数nについて、(xのn乗)+(yのn乗)=(zのn乗) となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない」というものです。この数式は見覚えがあると思います。中学校で習ったピュタゴラス(ピタゴラス)の定理(三平方の定理)です。この場合は、直角三角形において、斜辺の2乗は他の二辺の2乗の和に等しいというものです。つまり、(xの2乗)+(yの2乗)=(zの2乗)という数式です。nが2の場合は、その式を満たす(x, y, z)の組み合わせとしては、無数にあります。例えば、(3, 4, 5)(5, 12, 13)など。しかし、これがnが3以上になると上記の式を満たす自然数の組み合わせがないというものです。そして、一見その問題は読んですぐに理解できるのですが、その証明となると実にやっかいな代物で、フェルマーが「ある謎かけ」をしてから、実に360年の長きにわたって、数々の数学者達を悩ましてきたそうなのです。

ピエール・ド・フェルマーは17世紀のフランスの数学者で、同時代に交流した有名人としては、デカルトやパスカルがいます。このフェルマーが古代ギリシャの数学者でディオファントスという人が著した『算術』の注釈本に有名な48の書き込みをしたそうで、その内の一つが上記の「フェルマーの最終定理」と呼ばれるものです。フェルマーという人は性格が変わった人だったらしく、上記の書き込みは、いずれも答えはあえて書かずに何らかの問いかけをしているもので、多くの人をいらつかせるのを楽しんでいた人だったそうです。上記の定理に関しては、次のような書き込みがされていました。「私は、この命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」というものだったそうです。この問いかけの為に起こった、数々の数学者達の挑戦と挫折や人生に起こった不幸な出来事などを取り上げて紹介しているものです。

彼の他の書き込みに関しては、後の数学者達によって、すべて証明されていたのに、この問題だけは長い間、誰にも解くことが出来ずに残っていたというものです。そして、この本の出だしは、そもそもの発端となったピュタゴラスの定理で有名なピュタゴラス自身やこの人を取りまくピュタゴラス教団という秘密結社のことから始まり、この問題に関わった数々の数学者達のことや数学の発展の歴史などについても書かれています。 最終的にこれを証明した人は1953年生まれのイギリスの数学者、アンドリュー・ワイルズですが、これを解くカギとなる重要な発見を提示した2人の日本人の数学者についても記載されています。証明に至る数々の課程も面白いのですが、ワイルズが学会でこれを証明する際にもちょっとした波乱があり、どうなるのかと思わずやめられなくなる面白さに満ちた本です。題名からすると数学が得意でないとわからない内容のような印象がありますが、そんなことはありません。確かにいくつかの数式や証明やなにやら聞いたこともない解法の名称などが出てきますが、「あぁ、そんんなものが数学の世界ではあるのかぁ」ぐらいにかるく読み飛ばしていっても十分に流れについて行けます。

思えば、数学には中学、高校、予備校(?)、大学(で少々)接した程度で、今の生活では買い物の際の四則演算以外はほとんど関係ないものとなっていますが、また時間があれば数学の世界に親しんでみたいようなあこがれを生み出されてしまった本です。そう、あこがれです。おそらくこの数学の世界の深みに行くには数学的なセンスとどこまでも取り組んでいける性質というか体質のようなものが必要と思われます。
 今現在、Wiiのゲームにのめり込んでいる子供達を見て、この「フェルマーの最終定理」のような内容の本に興味を示すようになるのはいったいいつになることやら?とちょっとした感慨にふけってしまっています。

(遠田弘一)
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2009年11月28日

065:五十(?)の手習い

最近、はまっているものがあります。それは、新しいタイプのスケートボード(Jボード)です。これは、ネットなどで見てもらった方が早いのですが、普通のスケートボード(スケボー)と違い、ボードが2つに別れ、真ん中を通っている軸を中心に2つのボード自体がそれぞれ上下に0º〜45ºくらい自由に動くようになっているものです(スケートボードの進化版だそうです)。また、車輪は普通のスケボーが4つあるのに対して、車輪が2つ(各ボードに1つずつ)しかなく、そのままではバランスが悪いため、走っていないと傾いてしまいます。始めは、小学3年の長男が近所の友達の持っている物を貸してもらってやっていたようなのですが、たちまちはまったようで、さかんに買ってくれとねだるようになりました。こういったバランス感覚を鍛える遊び道具は子どもの頃から親しむ方がよいだろうと思い、買い与えました。妻の話だと、始めはあたふたと乗っていたのに、数日もしないうちに見る間に上達して、スイスイ走行するようになったようです。
私の家の前の道路は、普段は近所の車がたまに走り抜けるくらいで、比較的安全なので、練習に持ってこいの場所です。道路は若干の傾斜がついていますので、普通に乗るだけで、すべっていきます。また、このJボードは腰を横に振る運動と両足の上下運動が上手に連携することにより推進力が生まれ、軽い傾斜なら、簡単に登っていってしまうような構造となっています。面白いくらいスイスイ登っていくので、近所の人も見てびっくりしたらしく、「あれはどうなっているんだ?」と奥さんに尋ねたとのこと。

私も息子から借りて、試してみましたが、はじめは乗るだけでも怖いくらいで、とてもこれで走ることは不可能と思われたので、自分は昔の型の安定したスケボーでも買って練習しようかと思っていました。ところが、小学1年の娘が、長男のやっているのを見てほしがり、言うことには、「自分も近所の友達からスケボーを借りて、少しは楽しめたので、それがほしい」とのこと。
早速、親ばか発揮で、子供用のスケボーも手に入れました。そこで、自分もちょっとそれを使わせてもらいました。この時、あやうくあぶない状態ですっころんでしまい、身を持って知りました。つまり、古い型のスケボーは4輪なので、乗るときは安定しているのですが、走り出すと止まらないので、逆に初心者にとっては、足を取られて 転倒する確率が高いのではないかということです。もっとも子供用の小さいタイプだったので、そもそも足幅が合わず、安定が悪かったのかもしれませんが・・・。
Jボードは走っていないと不安定で、ボードが傾いて地に着いて止まるので、余程のことがない限り、すっころぶということはないような気がしました。そんな印象があったので、古い型のスケボーを買うのはやめにして、土日のあいた時間を利用して子どものJボードを借りて乗るようにしてみました。始めはあたふたしていたものの、乗り出すとそれなりにコツがつかめるようになってきたので、面白くなり、いまではマイボードも取りそろえ、土日が来るのを楽しみにしている毎日です。坂道も息子ほどのスピードは出ませんし、スムーズでもないのですが、それなりに登っていくこともできるようになりました。
また、やり出して気がついたのですが、これはすごく足腰を使うしろものです。ほんの数十分やるだけで、足腰が悲鳴を上げ始めます。きっと普段使われていない筋肉に刺激がいくのでしょう。日頃の運動不足をつくづく痛感すると共に、楽しんでやれる運動不足解消グッズを手にして、なんとなく生活に張りが出てきている感じです。

いい年をして、こんなことに夢中になっている姿を、ご近所ではどのように見ているのか、ちょっと恥ずかしい気持ちもあるので、練習する場合は、幼稚園の年少である次男を「外で遊ぶぞ〜」と誘って、いかにも子どもの面倒を見ているふりをして楽しんでいます。しかし、次男は今ではキックボード(スケボーに舵取りがついたようなもの)をスイスイ乗りこなしているので、近づいてきたり、追い立てられたりして、その度にバランスを崩し、怖くて思ったように練習ができないことと、子どもに「ボールで遊ぶ〜」と言われると、しばらくボール遊びに付き合ってからでないと乗れないのが難点です。

その他、軟式テニス経験者の妻が最近、硬式テニスを週1回、スクールで習っていることもあり、私も中学時代に軟式テニスをやって、その後は遊びで、硬式テニスをやっていたので、妻の練習相手として、土日はほんの数十分から1時間程度ですが、家の前の道路で二人で草テニスを楽しんでいます。「子どもが大きくなって、手から離れ、コートを借りて楽しめるのはいつのことか」と夢見ながら・・・。

やはり、人生いくつになっても、身体が動かせるうちは、何らかのスポーツや運動をやることが、生活に張りができ、精神的にも肉体的にもよいようです。
バランス感覚に自信のある人、Jボードはお勧めです。はまりますよ〜。
(遠田弘一)
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2009年10月10日

064:「敬天愛人」

今世間のトピックとしては、新型インフルエンザでしょう。私自身も他院の内科外来でたくさんの患者さんを直に診てきています。とくに最近は、祭りの後に10代〜20代の若者が罹患して来院してきています。今後もこの流行には注意が必要です。また、今の新型はブタ由来ですが、これより、さらに高病原性と考えられている鳥インフルエンザの脅威もまだ去ったわけではありません。人間の社会はこのような伝染性の病気や様々な自然災害、戦争を含めた人的災害に晒されてきましたし、これからもそうでしょう。

新型ではないにしろ、インフルエンザに関しては、雨宮先生が2009年2月のトピックで、私も2005年3月のトピックで触れていますので、私としては、ここであえて追加する情報はありません。
新型に対しての情報としては、既に多くのものが出回っているので、それらを参考にしてもらうとして、私としては基本路線は同様で、むしろいつもの「心がけ」の方が大切であろうと思います。別にインフルエンザに罹患したら、直ちに死ぬわけではありませんが、どのような状況であろうと、おそらくは、「死」という恐怖のために心が動揺するものであろうと思います。しかし、「死」は誰の身にも必ずやってくるものです。不平等が多く存在するように思えてしまうこの世の中で、これだけは平等です。「遅いか、早いか」の違いだけです。その時が来るまでに自分の中心をどのように定めておくのか?自分の歩むべき道をどのように歩んでいるのか?という「心がけ」です。最もその前に「自分とは何か?」「生とは?」「死とは?」がありますが、これらは、いずれもここに記すべきことではなく、自分自身で見いだすべきことでしょう。

新型インフルエンザや自然災害その他に対しての有用な情報を仕入れ、それに備えておくことを軽視するわけではありませんが、なによりもまず「心がけ」から始めるしかないと私は思っています。自分自身の中心を定めておかなければ、情報が氾濫する現代では反って、様々な情報に惑わされ、右往左往してしまうことになりかねません。
というわけで、いつものように前置きが長いのですが、私自身のトピックを書くことにします。

2008年3月のトピック「歴史の節目」で記した、「西郷隆盛」(林 房雄著)
(全22巻)を、最近ようやく読み終えました。途中いろいろな書物を並行して読んでいたため、1年半もかかってしまいました。作者はこの作品を32年間かけて書き上げたそうです。作者自身の成長とともに育ってきた作品なのでしょう。私も1年半の成長(?)とともに関わってきたわけです。
「西郷隆盛」という人物に改めて深い敬慕の思いが心を占めています。
西郷隆盛といえば、やはり「敬天愛人」という言葉が有名であります。いろいろ思うことはありますが、余計な我見を述べるより、次の言葉を筆頭として、先ほど述べた「心がけ」に触れてくる言葉を「南州翁遺訓」より、いくつか紹介するにとどめます。

・「道は天地自然の物にして、人は之を行うものなれば、天を敬するを目的とす。
 天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり」
・「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽くし、人を咎
 (とが)めず、我が誠の足らざるを尋(たず)ぬべし」
・「凡そ事を作(な)す須(すべから)く天に事(つか)うるの心有るを要すべし。
 人に示すの念有るを要せず」
・「平日道を踏まざる人は、事に臨みて狼狽し、処分に苦しむものなり。譬(たと)
 えば、近隣に出火有らんに、平生処分有る者は動揺せずして、取始末も能く出来る
 なり。平日処分無き者は、唯狼狽して、なかなか取始末どころには之無きぞ。
 夫れも同じにて、平生道を踏み居る者に非ざれば、事に臨みて策は出来ぬもの也。
 …」
・「事に当り思慮の乏しきを憂ふること勿れ。凡そ思慮は平生黙坐静思の際に於て
 すべし。有事の時に至り、十に八九は履行せらるるものなり。事に当り卒爾
 (そつじ)に思慮することは、譬えば、臥床夢寝(がしょうむび)の中、奇策妙案
 を得るが如きも、翌朝起床の時に至れば、無用の妄想に類すること多し」


西郷隆盛は、満50歳でその生涯を終えたそうです。私は、来年同じ歳になります。同じ歳にしては、なんという遙か彼方にそびえ立っている人物でしょう。
いずれの言葉も我が至らざる姿を照らし出す言葉です。まだまだ、たくさんの遺訓がありますが、割愛します。
道は遙かに続けども、一歩一歩、自分なりに進むしかなさそうです。

                                (遠田弘一)
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2009年08月01日

063:一匹の蝶が地球を変える?

皆既日食が話題となっている今日この頃ですが、この度の日本での皆既日食は46年ぶりだそうです。天文学が発達していない昔は、おそらく、大異変の前兆とか天の怒りとか捉えて、多くの人に影響を与えてきたのではないでしょうか。

皆既日食ほど大きな現象ではないですが、ごくごく小さい現象が地球環境を変えるという興味深い考え方があります。その分野に詳しい人にとっては、別に新しい情報ではないかもしれませんが、ちょっと紹介してみましょう。それは、今読み進めている「宇宙には意志がある」(桜井邦明著、徳間文庫)の中にあったものですので、そのまま抜粋してみます。

・・・カオスの研究で、ひじょうに有名な話に「バタフライ効果」がある。 これは、コンピュータ・シュミレーションによって証明された事実なのだが、たとえば南米の大森林の中で、一匹の蝶が羽をバタバタとさせる。すると、これによってわずかばかり空気が動くのだが、それが周囲の環境を少しずつ変えることによって、最終的には地球全体の気温を上げたり、大気の大循環の流れを変えたりする可能性があるということが分かったのである。・・・(略)・・・カオスという現象を発見したのは、気象学者のE・N・ローレンツだが、彼が1963年に「ごくわずかな変化によって地球大気の大循環パターンがまったく変わる」と報告したとき、彼の仲間は誰一人として信用しなかった。しかし、今日ではきわめて多数の要素によって構成されている現象では、ほんの少し、一部分の数値が変わると、それが全体を大きく左右してしまうということが、この「カオス」研究から明らかになっている。

というものです。確かに俄には信じられない話であります。一匹の蝶の羽ばたきですら、地球環境に影響を及ぼすとしたら、安心して暮らしていけそうにもありませんが、あまり現実感もありませんので、特に心配する気にはなりません。しかし、蝶の羽ばたきをたった一人の人間の行動に置き換えた場合は、どうでしょう。こうなると、やや事情は変わってきます。昔は「たった一人でいったい何ができる?」という意識が支配的であった時代もあったと思いますが、今の私たちには、情報が豊富に存在します。たった一人の人の勇気のある、あるいは何気ない言動によって、徐々に周りが変わり、やがては世界の多くの人々に影響を与え、それによって歴史が変わるというようなたくさんの事例を耳にしています。今現在でも一人の人の何気ないおろかな行為が多数の人の運命に関わっていくような事件となることも新聞等でよく目にすることであります。

地球環境はともかくとして、今の人間の生活はほとんどがコンピュータの制御のもとにあり、ほんの少しのハードの故障やプログラムミスによっても生活全般に幅広くその影響が及ぶ現状ですので、未知であれ、既知であれ、ちょっとした要素が、人間の生活を大きく変えることは十分にあり得ます。

今何気なく、同じように進んでいる毎日の状況は実は、いつ何時でも大きく変わり得るという不安定な瞬間の中で人間の生が営まれているという事実にあらためて連想が行き着きます。「さて、そのような状況で自分に何ができるのだろう?」と思うと、ついつい無意識に過ごしがちではあるのですが、やはり、自分の一挙手一投足にいかに意識するかということでしかないようです。

46年ぶりの皆既日食を迎えて、皆さんは何を思い、連想しているのでしょう。

(遠田弘一)
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2009年07月01日

062:将棋再入門

皆さんも、特に男性であれば、一度は将棋に関わったことがあるか、現在も継続していることでしょう。私も小学校低学年の時に父から将棋を習い、一時それにはまりよくやっていたものです。弟も将棋ができるようになってからは、2人でよく遊んでいました。その頃の勝負といえば、まったくの子供の勝負です。「王手・飛車取り」などと脅かせば、あわてて飛車を逃がそうとするようなレベルでした。その後、しばらくそれから離れているうち弟の方は近所にいた親戚のおじさんに将棋を習うようになり、ある時久々に勝負をしたら全く手筋が変わっているのに驚かされました。「飛車取り」と打っても、それをチラッとみるだけで、いかに王手をかけるかを考え、攻勢にでてくる始末で、いつの間にか歴然とした実力の差がついていました。「上手な人に習うとこうも違ってくるのかぁ」と感心したものです。しかし、あえて自分も修行をするという気にもならずに月日が経ちました。途中時々はやったような気もしますがレベルはさほど変わらずだったと思います。大学生になり、将棋好きの友人がいて、また少しのめり込む状況がありました。その友人がまた強くて、数十回やったうちの1回しか勝った記憶がありません。その屈辱的な実践から手筋を少しは覚え、子供の頃よりも、多少レベルは上がったのかもしれません。何事も自分よりレベルの上の人と交わることが大切なのでしょう。しかし、その後、仕事を持つようになり、将棋をやる機会から遠ざかり、現在に至っています。

私の長男が今年の4月で小学3年生となりました。1〜2年くらい前から、友達の影響もあり、今流行りのWiiやら、特に最近はDSが欲しいと騒ぐようになってきていました。私は今まで、あの手のテレビゲームにのめり込むことはなかったので、家には当然、そういったものはなく、また、小さいうちからあのようなものにはまる状況を好ましいとは思っていません。Wiiはともかく、DSはどこへでも持ち運びが可能なので、親の目の届かないところで、いつでもゲームをやるような状況が生まれてしまいます。目も悪くなりそうだし、不健康な印象があります。まわりの友達は持っている子も多いようなので、少し、かわいそうな気もしましたが、「そんなものは、高校生か大学生になってから自分で買いなさい」と突っぱねてきていました。

そこで、ふと思いついたのが、将棋です。私もちょうどそのくらいの時期に習ったような気がするので、これを教えてみようかと思い立ちました。将棋の方が頭で考える姿勢が身につくので、遙かに良い気がしたのです。早速、将棋盤と駒と子供向けの入門書を購入し、先日教えてみました。はじめはそれほど乗り気ではなかったような印象もありましたが、取りあえず一通りの動かし方を教え、一度教えながら勝負をしてみました。やっているうちに何となく、はまりそうな様子もあったので、少し動悸づけをするために、思わずこう口走ってしまったのです。「将棋でお父さんに勝てたらDSを買うことも考えてあげるよ」などと・・・。

さぁ、これが不注意でした(口は災いの元)。それを聞いた、子供の目の色が変わり、のめり込む勢いを示し、自分なりに本などを読みながら、将棋盤に向かっていました。次の日、再び対戦したのですが、ある局面でこちらの攻撃に対し、持ち駒で防ぐ手が非常に良かったものですから、それをほめると同時に「これは、自分より筋がいいかもしれん」と内心焦りを感じ、よけいな約束を口走ったことを後悔しました。「約束をした以上、それを破りたくはない、しかし、小学生のうちからDSはなぁ〜」と複雑な思いになり、「ぼやぼやしてはいられない。このままだと、小学生のうちに将棋の勝負に負け、親の面目を失い、DSまで買わされてしまう・・・」というわけで、私も「初心者のための〜」的な将棋の本を買いあさり、今まであまりしなかった将棋修行に邁進しています。将棋道場へ通う時間もなく、相手もいないので、パソコンの将棋ソフトも手に入れ、コンピュータ相手に勝負していますが、これがなかなか強く、というより、自分の実力はそもそも初心者に毛の生えた程度であることが明らかになり、さらに冷や汗をかいています。しかし、やり出すと、頭の知的作業を刺激されるのか、なかなかはまるもので、結構楽しんでいます。私の父もよく日曜にNHKの将棋の番組を見ていましたが、今ようやくその気持ちがわかるようになりました。上手な人の勝負を見るのも修業の一つです。本当ならば、上手な人と実際に対戦する方が遙かに良いようなのですが、なかなか今の生活では難しい気がします。しかし、本とテレビとパソコンとで何とか実力をつけ、子供の挑戦をかわしていかねばなりませんので、しばらく将棋づけの日々が続きそうです。

(遠田弘一)
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2009年03月01日

061:人生は感動のドラマ

現在、興味を引かれていることが2つあります。一つは、今放映されている、NHK大河ドラマ「天地人」の主人公である、直江兼続です。今まで、この人物を扱ったドラマの記憶がないので、この人物に関しては、全く白紙の状態でした。さっそく、今さかんに出回っているこの人物関係の書籍のいくつかを読んでみましたが、なかなか興味深い人物であります。今年の大河ドラマの主人公であるためか、昨年に歴史を扱う番組や、何かのバラエティ番組でも戦国時代に兜に「愛」の文字を掲げた武将がいたというエピソードを何回か目にしていました。しかし、その場限りで記憶の片隅に追いやられていたところ、今年に入って、ようやくその事と人物が一致しました。「義の武将」といえば、やはり上杉謙信を思い浮かべますが、その謙信を師と仰ぎ、その「義」の心を受け継ぎ、民や家臣への愛を貫いた生涯だったようです。武事のみならず、文事にも優れた武将で、「義と愛」を掲げて貫いた生き様は、それが失われつつある現代だからこそ、スポットが当てられたのかもしれません。

最も、冷静に考えてみると、戦国時代というのは殺し合いの時代です。いや人類の歴史そのものが無数の戦乱を通して、築かれてきています。その時代で勇名を馳せるということは、武事あるいは文事に優れ、自国内では多くの民に支持される善政を施したのかもしれませんが、一方では多くの敵方の武将や時には領民を殺害してきたということでもあります。ドラマで描くときは、どうしてもその主人公には善の要素を前面に打ち出し、敵対する人物には悪の要素を印象づかせがちですが、実際にはそれぞれがそれぞれの信念に基づいて行動してきたのであり、簡単に善悪として割り切れるものではありません。

これは書籍で知ったことですが、関ヶ原の合戦が始まろうとしていた頃、東北では直江兼続は最上攻めをしていました。その敵方に最上義光の家臣で江口五兵衛光清(えぐちごひょうえあききよ)という武将がいました。全くの負け戦という状況がはっきりしている時に兼続からの降伏勧告や寝返り、仕官の勧め等の説得をきっぱりとことわり、討ち死にし、武士の誉れを守ったというあっぱれな武将で、今でも地元では愛されている人物だそうです。いまだに愛されているということは、その地元の領民に対しての接し方も相当行き届いたものだったのでしょう。その地元の人たちは、直江兼続を主人公にしたこのドラマをどのように受け取るのでしょう。

いずれにせよ、関連書籍により、ある程度の出来事の流れはつかめましたので、私としては、今後このドラマがどのように描かれていくのか楽しみです。

さて、もう一つは、極端にジャンルが変わりますが、アニメ「メジャー」です。今小学校2年生の長男が近所のソフトボールのクラブに入って土・日の午前中に練習しています。土・日の午後はキャッチボールや打撃の練習などに付き合わされるのですが、その影響でアニメ「メジャー」にはまり、一緒になって楽しんでいます。始めは、別に興味がなく、子供達と嫁さんが見ているだけでした。皆でテレビの前にいる姿を横目でチラッと見ながら通り過ぎ、自分の部屋に向かっていました。しかし、ある時、ある場面で、ふと足を止められたのが罠のはじまりで、その流れの結末をちょっと確認して、通り過ぎるということが数回繰り返された後、途中からでしたが、気になるいくつかのエピソードを自分だけでこっそり通して見てしまって、袋の鼠。今ではすっかりはまってしまい、一緒にテレビの前に陣取っています。

エピソードは第1〜第4シリーズまでは既に放映されていて、今現在は第5シリーズが放映中です。やはり、子供時代(第1シリーズ)から見る必要(?)を感じたので、始めから通して見ました。子供時代のものは、ほんの1話のなか(20〜30分)で、始めはけんかしている悪ガキとひと騒動を起こしたのち、すぐに仲直りして野球を一緒にしていく仲間となっていくような展開の早さで、「んん〜、現実にはありえない〜」とか、自分の子供達を観察する限りにおいては、「あんな年齢でできる発想や言動じゃな〜い」と茶々を入れたくなる場面もありますが、やはり子供を持つ親として、いつの間にか感情移入し、目をうるませてしまうシーンも多々あり、子供ながらに手に汗握る白熱戦を繰り広げる試合も盛り込まれています。第2、第3シリーズと進むにつれ、時には勝負に勝ち、時にはボロボロに負け、それでもいつまでも引きずらずに、すっと前向きになって歩んでいき、様々な経験を経ながら、成長していく主人公「吾郎」に我が子への思いををだぶらせている、今日この頃です。

野球アニメと言えば、私の年代では、やはり「巨人の星」でした。「思い込んだら、試練の道を行くが男のド根性・・・」という重い空気がただよっていましたが、「メジャー」にはそれはなく、同じ「根性もの」でも割とサラッと流れていく、現代タッチのアニメで、自分にとっては、ひさびさに目に心地よい潤いと心にはちょっとした清々しさをもたらしてくれる作品です。

全く違う2つのジャンルのドラマで、アニメの方は完全なフィクションですが、歴史ものの方もその人物の資料や史実に基づいたものですが、結局、作者の見方によって捉えた(推測した)り、多少の願いを込めた人物像ですので、ある意味ではフィクションに違いありません。こういったフィクションによって感動を与えられるわけですが、その感動も受け取る側のそれまでの経験や考え方によって、同じ作品を見ても、微妙に異なるか全く違うことになると思われます。「人生は感動のドラマである」というようなフレーズをどこかで見たような気がしますが、その感動の中には、実際に生きて経験して得る感動もあれば、こういったドラマ、演劇あるいは芸術などから得られた感動もあるわけで、それらが大小種々入り交じって構成されていると思われます。「人によりその感動の様相に違いはあれども、この世のあらゆる事象を感動を伴って感得できる人ほど、豊かな人生を生きることになるのであろうか?」などと夢想している春の季節です。

(遠田弘一)
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2009年02月01日

060:インフルエンザと麻黄湯

昨年あたりから、インフルエンザには麻黄湯が効くとだいぶ言われるようになってきました。私も今年からインフルエンザに麻黄湯を使っていますが、確かに5日間の麻黄湯投与ですっきり治ることが多いです。

一般に漢方薬は薬味が少ない方が効果が先鋭に出る傾向があります。麻黄湯の生薬構成は桂枝、麻黄、甘草、杏仁の4味です。構成生薬数の少ない処方ですので効果は先鋭に出るはずです。麻黄湯は昔から「はしか」のようなウイルス感染症に使われてきました。麻黄には抗ウイルス作用があるといわれ、杏仁には鎮咳作用があり、確かにインフルエンザにもよく効きそうな気がしますが、実際のところどう作用しているのかはわかりません。しかし、使ってみると確かに良いです。麻黄湯は実証の薬とされていますが、虚実はあまり気にしなくて大丈夫です。副作用を恐れながら抗インフルエンザ薬を使うより、ずっと優れたインフルエンザ治療薬といえます。幸い小児にも使えます。異常行動など抗インフルエンザ薬の副作用が心配な小児科医がよく使っているそうです。

インフルエンザといえばタミフルを思い浮かべる方が多いと思いますが、タミフルはノイラミニダーゼ阻害作用によって、ウイルスが上気道粘膜に付着するのを防ぐ薬です。特効薬ではなく予防薬といった方が良いでしょう。発症初期に飲めば多少発熱期間が短縮するだけの効果です。インフルエンザはタミフルがなくとも治る病気です。タミフル=インフルエンザの特効薬という考えは捨てた方が良いと思います。新型インフルエンザに関する報道も増えていますが、この話はまた次回にでも。

(雨宮修二)
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