2010年01月09日

066:「フェルマーの最終定理」

明けましておめでとうございます。
悠久なる時の流れは、刻一刻と過ぎ去り、同じような日々の生活が繰り返されているようで、実は様々な物事が変化し、移り変わっていきます。私の家での変化としては、Wii(ウィー)というゲーム機が仲間入りしたことです。

昨年の秋ごろからか、長男(9歳)が友達の家でWiiのゲームをするようになり、相前後して、長女(7歳)もまた友達の家で同様のWiiのゲームを覚え、さかんに2人で話題にするようになってきました。クリスマスのプレゼントもWiiがいいということで、意見が一致し、サンタクロースにお願いすることになりました。私も妻も基本的にはゲームは乗り気ではなかったのですが、友達の家でやっている以上、もうしょうがないので、クリスマスプレゼントはWiiということになりました。もちろん、時間を決めてやるという条件で・・・。当初の予定では1日1〜2時間くらいのはずが、冬休みの期間は、それだけで収まるはずがありません。3人の子ども達が交代しながら2人ずつやるということになるため、結局は1時間やったら1時間休憩を入れるというようなことにいつの間にか変わってしまいました。
驚くことには、次男(今月末で4歳)はそれまで、そのようなゲームのコントローラーをいじったことがないはずなのに、兄弟に混じってやるうちにいつの間にか使いこなせているようで、それなりに楽しんでいます。

また、朝が早いこと、早いこと。平日は小学校や幼稚園があるため、子どもを夜の9時頃には寝かせ、朝は7時には起こすようにしています。長男と次男は比較的すぐに起きる方ですが、長女はなかなかしぶとく、何度も声をかけ、7時半頃になって、ようやく起きてくることがしばしばです。そんな子が、長男に促されて、ほぼ毎朝6時か6時半頃に起きてきて、ゲームをしようとします。動機が強いと、生活習慣もこうも変わるものかといういい例です。もちろん、朝っぱらからいきなりゲームを始める習慣はよくないので、まずは冬休みの宿題をやらせるか、宿題が終わってからは、こちらが課題を与えて、勉強をきちんと終わらせてから、ゲームをさせるようにしていました。しかし、買ったばかりなので、ほぼ1日の大半はゲームをしているような感じです。時々友達も来ては、みんなでしているとのこと。今、お気に入りでよくやっているのは、「大乱闘スマッシュブラザーズ(略して、スマブラ)」で、「たーたらら〜、たらららら〜」という知る人ぞ知る、そのテーマ曲がほぼ1日中リビングで鳴り続けています。私の頭の中にもインプットされ、時々その曲が頭の中を駆けめぐります。この間の新聞で任天堂のWiiがクリスマス商品として善戦したという記事をちらりと見かけました。わが家と同じような状況があちこちで生じているのでしょう。ゲームにのめり込んでいる姿を少々苦々しく思いながらも、朝の課題はそれなりに終わらせていることだし、買ったばかりなので、ある程度飽きがくるまではしようがないかという気持ちもあり、複雑な心境で新年を迎えています。

さて、長い前置きになりましたが、話しが全く変わって、今回の話題をお話したいと思います。タイトルにもあるように年末にふとしたことから読んだ、「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著)です。
この定理とは、「3以上の自然数nについて、(xのn乗)+(yのn乗)=(zのn乗) となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない」というものです。この数式は見覚えがあると思います。中学校で習ったピュタゴラス(ピタゴラス)の定理(三平方の定理)です。この場合は、直角三角形において、斜辺の2乗は他の二辺の2乗の和に等しいというものです。つまり、(xの2乗)+(yの2乗)=(zの2乗)という数式です。nが2の場合は、その式を満たす(x, y, z)の組み合わせとしては、無数にあります。例えば、(3, 4, 5)(5, 12, 13)など。しかし、これがnが3以上になると上記の式を満たす自然数の組み合わせがないというものです。そして、一見その問題は読んですぐに理解できるのですが、その証明となると実にやっかいな代物で、フェルマーが「ある謎かけ」をしてから、実に360年の長きにわたって、数々の数学者達を悩ましてきたそうなのです。

ピエール・ド・フェルマーは17世紀のフランスの数学者で、同時代に交流した有名人としては、デカルトやパスカルがいます。このフェルマーが古代ギリシャの数学者でディオファントスという人が著した『算術』の注釈本に有名な48の書き込みをしたそうで、その内の一つが上記の「フェルマーの最終定理」と呼ばれるものです。フェルマーという人は性格が変わった人だったらしく、上記の書き込みは、いずれも答えはあえて書かずに何らかの問いかけをしているもので、多くの人をいらつかせるのを楽しんでいた人だったそうです。上記の定理に関しては、次のような書き込みがされていました。「私は、この命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」というものだったそうです。この問いかけの為に起こった、数々の数学者達の挑戦と挫折や人生に起こった不幸な出来事などを取り上げて紹介しているものです。

彼の他の書き込みに関しては、後の数学者達によって、すべて証明されていたのに、この問題だけは長い間、誰にも解くことが出来ずに残っていたというものです。そして、この本の出だしは、そもそもの発端となったピュタゴラスの定理で有名なピュタゴラス自身やこの人を取りまくピュタゴラス教団という秘密結社のことから始まり、この問題に関わった数々の数学者達のことや数学の発展の歴史などについても書かれています。 最終的にこれを証明した人は1953年生まれのイギリスの数学者、アンドリュー・ワイルズですが、これを解くカギとなる重要な発見を提示した2人の日本人の数学者についても記載されています。証明に至る数々の課程も面白いのですが、ワイルズが学会でこれを証明する際にもちょっとした波乱があり、どうなるのかと思わずやめられなくなる面白さに満ちた本です。題名からすると数学が得意でないとわからない内容のような印象がありますが、そんなことはありません。確かにいくつかの数式や証明やなにやら聞いたこともない解法の名称などが出てきますが、「あぁ、そんんなものが数学の世界ではあるのかぁ」ぐらいにかるく読み飛ばしていっても十分に流れについて行けます。

思えば、数学には中学、高校、予備校(?)、大学(で少々)接した程度で、今の生活では買い物の際の四則演算以外はほとんど関係ないものとなっていますが、また時間があれば数学の世界に親しんでみたいようなあこがれを生み出されてしまった本です。そう、あこがれです。おそらくこの数学の世界の深みに行くには数学的なセンスとどこまでも取り組んでいける性質というか体質のようなものが必要と思われます。
 今現在、Wiiのゲームにのめり込んでいる子供達を見て、この「フェルマーの最終定理」のような内容の本に興味を示すようになるのはいったいいつになることやら?とちょっとした感慨にふけってしまっています。

(遠田弘一)
posted by ..... at 09:57| Topics