2010年04月03日

067:「昔は物を思はざりけり」

春4月・・・。皆さんはこの時期をどのように捉えているのでしょう。季節的には寒い冬から温かい春へ移り変わっていきます。少し我慢し、じっと縮こまっていた状態から、ようやく身体を伸ばし、活動できるような状態へ変化していく季節です。年度末として様々な物事のけじめがつけられ、次の新しい年度に入る時期です。「親しい人々や慣れ親しんだ環境との別れ」と「新しい出会いや人生が開かれてくることへの期待」などが入り交じったような独特な心境になる時期でもあります。

私も個人的には、今年の3月が誕生日であり、ついこの間、「50の大台に乗ってしまったぁ〜」というわけで、なんとも言えない心境にあります。さらに個人的なことですが、私の妻のご両親が山口県の下関に住んでおりますが、種々の事情により、長年住み慣れた家から引っ越すこととなり、つい先日なんとか無事に引っ越したという連絡を受けていました。まだ、荷物の整理がついていなく、高齢のご両親だけでは心配なため、妻が手伝いに行きたいというので、今日4/3(土曜日)から向こうへ向かいました。子供達も丁度春休みでもあり、おじいちゃん、おばあちゃんに会いに行くということで、ついて行きました。私は土曜日は隔週で仕事があり、今日も仕事のある日だったので、一人で留守番ということになりました。仕事から帰ってきて、「ああ〜、行ったんだなぁ」という空気に包まれて独り物思いにふけっています。

・・・とちょうどこのことを書いているときに妻からの電話があり、「無事に着いた]
とのこと。言うことを聞かない子供3人を連れての旅はどうなることかと気をもんでいたので、まずは一安心。しかし、なんとも知れない寂しさをひしひしと感じています。
両親や兄弟とも離れて、まだ結婚もしていない独り暮らしの学生時代は、別になんとも思わなかったのに、家族を持ち、妻や子供と暮らす一種の喧騒状態が普通の状況からいきなり、独り自由の境涯に投げ出されることのなんと侘しいことか。

私の家は、どちらかというと部屋をきっちりと区切ってはいないので、家全体が一つの部屋のような作りとなっています。そのため、書斎にいても、常に家族の気配を感じています。自分のしたいことをやっていても必ずといっていいほど、中断しなければならなくなる状況が訪れます。それは妻からや子供達からの用事のためです。特に子供などは、自分達の遊びをしているうちはよいのですが、それに飽きると、なんとなくやってきて、まとわりついてきたり、一緒に遊ぼうという要求をしてきたり、兄弟げんかのいきさつを支離滅裂な話ぶりで泣いて訴えてくることもあります。今はその気配も途絶え、独りパソコンに向かって作業しています。このような状況に置かれて、初めてあの喧騒の状態がなんと心地良かったのだろうと思わざるを得ません。2日後の月曜日に帰ってくることはわかっているのに、もうすでに長く感じています。

数十年前のことになりますが、今は亡き私の父も長く東京で家族と暮らしていて、この大阪で仕事をすることに決まり、単身赴任してきたわけですが、正月などに東京に帰ってくると「寂しいよ〜」ということをよく言っていました。この場合は単身赴任ですから、その寂しさはいかばかりか? 私も今頃、その寂しさのほんの一端が理解できました。「50にして知る」です。

ふと百人一首の「逢ひ見ての後の心に比ぶれば 昔は物を思はざりけり」という歌が思い出されました。この歌は、本来男女の恋に関する歌であり、意味は若干違いますが、「昔は物を思はざりけり」という部分がやけに共感を呼び起こします。
妻や子供という存在は魂としての何らかの深い縁があり、今このように家族として出会っているわけです。出会う以前の心と出会ってからの心とは自ずからたいへんな違いが生まれています。少しの期間でも離れてみるとその存在のいかに有難いものであるかを息苦しいような痛みとともに感じている一時です。

(遠田弘一)
posted by ..... at 16:34| Topics