2018年05月31日

086:変化と縁

 5月も過ぎ、梅雨のうっとおしい6月になりました。つい、うっとおしいという表現をしてしまいましたが、これは人間側の勝手な言い分であって、梅雨の時期の雨は自然の循環では必要な変化であり、恵みでもあります。土地を潤し、植物を繁栄させ、人間にも恩恵をもたらします。雨のみならず、四季の変化に富んだ日本という国は本当にいい国だなぁと個人的には思っております。さて、4月から新しい生活が始まり、そろそろ新しい環境に慣れてきている人もいれば、5月病に見舞われ、体調やリズムを崩している人もいるかもしれません。以前も「変化」というタイトルでトピックを書きましたが、今年は私個人にとっても仕事上の大きな変化がありましたので、再び「変化と縁」というタイトルで少し書かせていただきます。私の個人的な内容ですので、あまり面白くはないと思いますが、自分の人生で生じている出来事とその時の思いを通して書かないと内容的にもリアリティがないことになり、単なる戯言に過ぎなくなるので、少々付き合ってもらいます。
 
「変化」は絶対の真理であり、この世に存在しているもので、変化しないものは何一つありません。一見しただけで、すぐに判別できるものもあれば、中々変化の度合いが分かりづらいものもありますが、あらゆるものが刻一刻と変化しています。人間を含めた動物や植物の成長、川の流れ、海の満ち引き、四季の移り変わり、鉱物であっても分子レベルや原子レベルでは常に振動しているもので、生成消滅の過程にあるものです。例えればきりがありません。人生の流れでも人は刻一刻と成長し、赤ん坊、幼児、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人という一連の変化を経て、やがて現役を離れて、老後の生活に入り、あるいは病を得て、あるいは元気なままで過ごし、やがてその一生を全うしてこの世を去っていきます。私の3人の子供達も長男は高校3年生で大学受験という大事な年度を迎えていますし、長女は高校生活が、次男も中学生活が始まっている状況です。当たり前のことですが、生まれたときは、海のものとも山のものとも分からない存在であったのが、今ではそれぞれの個性もはっきりしてきていて、それぞれの人生を歩んでおります。
 
今のところ、私はまだ現役で仕事もし、特に大きな病気もなく、過ごさせていただいていますが、仕事の上では今年は大波に見舞われました。慈温堂以外で働いていた職場もこの4月からは大きく変わっています。以前は堺にあるクリニックで非常勤内科医として主に一般内科外来をやってきていました。非常勤ですが、そこで勤め始めて既に10年近くになり、月曜から金曜日の平日と土曜日午前中という勤務形態になって、そこの常勤の先生よりも多くの時間を勤務してきて既に5〜6年以上が経過してきていたのですが、昨年の12月の末に突然のリストラ宣告を受けました。まぁリストラといっても土曜日はそのまま来てほしいということで、平日の診療を今年の3月いっぱいで終了してほしいということでしたので、半リストラでしょうか?そこのクリニックはグループの医療機関の一つであり、他院も含めての人事移動もあったようで、他院から常勤の先生が一人来る予定になっているという話でした。それだけなのかどうか、詳しい事情はわかりませんが、非常勤という立場ではいつでもこのようなことが起こり得ることはわかっていました。しかし、あまりにも長い期間経っていたので、すっかり忘れている状態でした。とにかく平日診療が今年の3月ですべて無くなってしまうということで、私としては生活がかかっていますので、大変な状況でした。非常勤でしたので、その後の勤務先などのフォローなどは当然なく、自分で探す必要がありました。このクリニックのときもそうでしたが、医療関係の職場を斡旋してくれる会社があり、今回は2カ所に相談して新しい職場をみつけてもらうことになりました。
 
以前も書きましたが、私は人生で何回か大きな変化を経験してきていて、その時はすぐにはわかりませんが、少し経過して見ると以前より良い状況になっているということを度々経験してきました。またかなり昔に「自分の人生どうあがいてもなるようにしかならない、大いなるものにすべてを委ね、現れてくる流れと一つになり、生きていくのみ」というような見極めはついていたので、今回も心の底では、「まぁ何とかなるだろう」という楽観的な感じはありました。しかし、事はそう簡単には進みませんでした。年末からいくつかの案件が提示されてくるのですが、なかなかこちらの条件(仕事内容、お給料、職場の位置、慈温堂との両立等)と合わないものが多く。始めからメール内容だけで断るものもあれば、内容的に合いそうで、話を進めてもらおうとした時には既に求人が見つかってしまったというものもあれば、実際に面談に行って、やはりいろいろと話をして合わないことが判明して断るものもありました。そうこうしているうちに、新しい年が始まり、2月も過ぎ・・・とだんだん楽観していられる状況ではなくなり、慈温堂というほぼ赤字医院を抱えてる状況では身動きが取れなくなる未来も徐々に現実味を帯びてきました。3月いっぱい待っても適切な職場が見つからなければ、生活が優先される以上、慈温堂を閉院して条件を改め、本気で探すという選択肢も濃厚となり、その覚悟もせざるを得ませんでした。
私の希望している仕事内容は今までやってきたこと、つまり、一般内科外来と健診と往診でした。ただ、一番の希望する内容は一般内科外来です。健診という業務は相手が基本的に健康な人なので、たまに何らかの指示や説明が患者さんに役にたったかなと思えることもありますが、ほとんどがルーチンのお決まり業務です。往診もほぼ症状は落ち着いているけど、来院が困難な患者様宅へ伺い、問診•診察をして薬を届けるというようなほぼ同様のルーチン業務です。たいていは変わりなく、話す内容もそれほど変わらないことも多いものです。状態が悪くなれば、入院施設へ紹介するということもたまにあり、大事な仕事には違いがないのですが、私としてはモチベーションがかなり減退する仕事でした。やはり、内科外来の方が、実際に症状を抱えている患者様に応対し、問診から診察、検査などで、疾患を推定し、治療に関わっていくという内容ですので、これは漢方治療でも同様ですが、自分のモチベーションにかなりフィットしてくる仕事内容です。何らかの役に立てたかなと思えるわけです。もちろん、外来で対処できない場合は適切な病院へ紹介することになります。
今言ったことは、私の個人的な感覚ですので、誤解をしないでもらいたいのですが、往診や健診も大事な仕事です。そこに大きな意義を見出して働いている先生も数多くおられると思います。どのような仕事内容に生きがいを感じるかは人それぞれ違いがあることでしょう。
 
病院にはその他に病棟管理という仕事があり、入院患者を適切に診断し、治療し、健康にして退院させる。むしろ、病院ではこちらがメインの仕事になると思います。またその延長線にある当直業務というのもあります。私の現状として長年、内科外来には関わってきたので、外来レベルであれば、まぁどこで働こうと関われるとは思いますが、病棟管理はまた仕事内容が変わります。外来レベルだけでは経験できない知識や適切な手技も必要になります。この仕事からは十数年以上遠ざかっていて、感覚も鈍っていますし、基本的な処置なども初めから教わってやらなければわからないというレベルですので、関わることによって返って病院スタッフや特に入院患者さんに対して迷惑をかけるおそれが多分に予想されました。 
というわけで、私としてはクリニックか医院の内科外来を希望しておりました。しかし、クリニックの案件になると午前外来のみあるいは午前外来と夜診という形でしか見つかりそうもありませんでした。夜診は以前経験したことがありますが、かなりストレスがかかります。また、左眼の網膜剥離の手術後から夕方から夜にかけての運転がやや苦手になってきていましたので、できるだけ夜の運転は避けたいという意識もありました。しかし、贅沢も言ってられないので、いざとなれば、夜診も含めて、働く場所が数か所になっても仕事を見つけようという覚悟もしました。

そんな折、切羽詰まった3月末頃に、非常に良さそうに思える案件がでてきました。場所も比較的近いし、その地域を代表するような大きな病院だったのですが、斡旋業者のスタッフの始めの話では、私の現状を踏まえた上で、内科外来業務+健診や往診などでの勤務ができそうな印象でした。病院自体も4月から新しく新築された施設に移転して名称も変えて、新たにスタートするとのことでした。またそこの院長先生は近畿大学医学部の教授もされていた方で、私自身は直接お世話になったことはなかったのですが、私の父のことは知っておられたようでした。そんなこともあり、ギリギリになって出てきた案件だったので、ここが縁のある場所なんだろうと勝手に想像しておりました。ところが、一つのことがネックとなり、その案件も最終的には流れてしまいました。その一つとは当直業務でした。当直というのも基本的には病棟管理の延長線にありますので、病棟業務がベースにしっかりあって、関われるものです。特に大病院では患者さんの動きも激しく、病棟業務はかなりのスペルを要求されます。当直もまたしかり、毎日のように何かがあるわけではないのですが、何かあったときはいい加減な対応は許されません。内科外来のみの業務に関しては来てもらえれば助かるとのことでしたが、スタッフも少なく、4月から開始となった場合、常勤はすべて当直に関わる必要があるとのことでした。当直に関わるのは副院長も入るので、例外はないと。当直は毎日ではないし、当直の度に何かがあるわけでもないでしょうが、やはり十数年のブランクと自分の年齢も考慮すると安易に関われないと感じられ、結局これがネックとなり、この案件も流れてしまいました。もったいない気もしましたが、今になって思えば、やはり縁なきところは縁がないものであるということでしょう。

そんなこんなで、ついに4月に入ってしまいました。この時点で、決まっていた仕事としては今までのクリニックの土曜日外来と深井にあるクリニックの木曜日の午前中の外来でした。平日のほとんどが決まっていない状態だったので、いよいよ慈温堂の整理も考えていた矢先に新しい案件が舞い込んできました。これは要望が斡旋業者に出ていたわけではなかったのですが、私の担当するスタッフが別の件で、そこの病院の関係者と話をしていた際に、たまたまついでに私のような求人がいるということを話してくれたようです。そうしたら、そこの病院で辞める先生もいて、募集の希望がないわけではないとのことで、一度面談してみようということになりました。というわけで、4月に入ってから面談し、その後は、あれよあれよという間に話がうまくまとまり、今現在、この病院で準常勤という待遇で勤務させてもらっています。仕事内容は今のところ、総合診療科ということで、要するに一般内科外来ですが、その内科外来のみを担当させてもらっています。場所的には今までよりも少し離れてはいますが、都心部でなく和歌山よりの郊外の方向なので、車通勤も気になりません。高速も使いますが、2つほどのICを走る程度なので、むしろ少し刺激のある快適なドライブです。また地方ではあるので、少しせせこましい場所に建っている病院です。ですから始めは「まぁ、こんなものだろう」とあまり期待はしてなかったのですが、一歩病院に足を踏み入れてみると、驚くほどのきれいな病院で、話によると5年くらい前に新築したばかりとのこと。セキュリティ管理もしっかりしていて、重要なセクションは自動でドアロックがかかり、専用のカードでないと開けられないようになっています。7階にある食堂は海に面したガラス張りで見晴らしがよく、トイレも非常に奇麗に管理されていて申し分ありません。また、今までは非常勤務でしたので、働けばお金になりますが、祭日や大型連休、年末年始の休みなどは、身体は休めるものの、まったくお金になりませんので、そういう月は生活に直接響いてきたものでした。この度は準常勤とのことで、社会保険もつけてもらえますし、年収が確保されているので、祭日などは関係なく月々の給料も保証されています。
 
3月の先の見えない状況から一転して、今の生活状況が生じています。劇的な変化です。再び「縁」というものを思い知らされました。やはり何らかの縁がある時はほとんど土壇場の状況であっても物事が自然に移り変わり、それなりに落ち着く場所に落ち着くものだということをまた新たに経験させていただきました。
 
その他、以前大学病院にいた頃、週1回ですが、狭山の病院に非常勤内科医として外来および救急当番で勤めていた病院があり、そこで見かけた看護師さんの一人がこの病院で働いていて(地元がこちらだそうで)、思わぬ出会いがあったことと、私の勤務日ではない木曜日に大学のときの同じ医局の同期の先生が勤めていることも知りました。その先生も2〜3年ほど前よりここで勤務しているようで、外来の事務員さんと仲良くなり、私の火曜日外来でもその事務員さんが横で手伝ってくれるので、この人の中継で、若干のお互いの近況を知り、懐かしく感じています。まだ直接会う機会は持てませんが・・・。そんなことも「縁」をより強く感じる要因です。
 
以上ですが、これはだいぶ大きな出来事なので、変化を強く感じているわけですが、本来は毎日のお決まりの日常生活も刻一刻と変化しているものです。気がつかないだけで・・・。それに以前勤めていたクリニックも半リストラされたとはいえ、この10年近くの生活を支えてくれた職場ですので、決して縁がなかったわけではなく、これも非常に大事な縁だったと思います。それにまだ土曜日は継続していますので、ここでの患者さんとの出会いなどはそれこそ10年近くになる方も多く、縁なのだと感じています。平日診療がなくなったために、土曜日受診の都合がついた方は受診の曜日を移動してもらいましたので、今は週のうち土曜日の午前外来が一番忙しくなっています。
 
 いずれにしろ、すべての営み、動きが変化であり、縁に従って流れている。まさにそういうことです。

(遠田弘一)
posted by ..... at 07:10| Topics