2001年07月01日

006:天国と地獄

今、世間では難治性といわれるアトピー性皮膚炎・・・。

実は私もごく軽症ではあるが、この体質をもっている。ある時・・・おそらく20歳も過ぎた頃からだと思うが、額に赤いぶつぶつができるようになった。

その頃は、原因がよくわからなかった。特に父が近畿大学東洋医学研究所に赴任することになり、母が東京と大阪を2週間毎に往復するようになってから、症状がひどくなってきたように思う。もちろん母が大阪に行っている間は、掃除、炊事、洗濯、買い物、料理を一人でしなければならなくなり、手のかかる弟の世話もするとういう状況に陥り、ストレスもかなりあったことも原因の一つとは思う。しかし、最近になってようやくわかったことであるが、実は一番の原因は甘いものであったと思う(これは近畿大学東洋医学研究所あるいは慈温堂を受診しているアトピー性皮膚炎の患者さんならよくわかっていることであろう)。私も小さい頃より、大の甘党で、甘いものならどんなものでも好きであったし、よく食べてもいた。東京で、家事全般をまかされるようになって、買い物をするときは必ずと言っていいほど、チョコレートを筆頭にいろいろな甘いものを必ず切らさずに買ってきては、毎日甘みづけ体質をつくっていた。幸い軽症であったことと、この甘いものが一番悪いという知識を得てからは、症状が目立ってきたら、甘いものを少し控える程度でおさまっている。すなわち、病苦ではなくなっている。

さて、私事が続くが、私の妻もアレルギー性鼻炎がある。因みに彼女も大の甘党である。とくに掃除などで埃が立つと、てきめんに鼻がむず痒くなる。これも幸い“麻黄附子細辛湯”がよく奏効するので、彼女もこれを病苦というほどにとらえているわけではない。しかし、去年12月に授かった長男(現在6ヶ月)がこの両親の体質を一心に背負ってきたせいか、アトピー性皮膚炎様の湿疹(いわゆる乳児湿疹)を患っている。1ヶ月を過ぎた頃から目立つようになり、2〜3ヶ月ごろがピークだった。母親が甘いものを摂取していると母乳にも影響がでる可能性があるというので、妻も大好きな甘いものをがまんし、当科でおなじみの“白虎加人参湯”を煎じて飲ませているせいか、最近は多少ましにはなってきているがまだ完治しているわけではない。いまだに母乳がメインであり、甘いものを控えているといえどもやはり母乳には甘みがあるので、離乳食がメインになってこないと完全には良くならないかなぁとも思っている。しかし、経験済みの何人かの友人・知人からの助言によると、乳児湿疹は自然に治るとも言うので、それほど不安や苦を感じているわけでもない。最も子供が痒がって泣くのをみると、たまらなくなり、代われるものなら代わってやりたいという気持になるが・・・。

ところが、世間ではこの疾患を患い、非常な苦しみとしてとらえている事実が多くあり、この疾患をもつ幼児の将来を思い悩み、殺してしまった母親までいるということを聞くと、“治る病気なのに・・・”という思いでいたたまれなくなる。これはこの病気のみならず、いろいろな物事において、それを苦しみや不安と捉えてあがいて生きている場合と、苦や不安を感じていない、あるいは今現在は解決策が直ぐには見つからなくともその中で、最大限に生きようという希望をいだいている場合とで、生きている状況がまるで違ってくることになるのではないだろうか。

先日、後輩の結婚式があり、出席してきた。その際、何人かのスピーチの中で、名前は失念したが、衆議院議員の先生が話をしていた。聞くともなしに耳を傾けていると“天国と地獄”という仏教の話が聞こえてきた。まじめに聞いていなかったので、どのような文脈で話していたのか記憶していない。しかし、私が小さい時、父がどこぞのお寺さんで買ってきた、子供向けの漫画による仏教の譬え話の小冊子にこの話があったことをその時、懐かしく思い出した。確か次のような内容であったと思う(例によってうろ覚えである)。

「ある人-特に良くも悪くもない普通の人-が、死んで、閻魔大王のところへ行ったらしい。さて、天国へ送るか、地獄へ落とすか、決めかねるので、特例として、両方を見学させることになった。まず、地獄へ言ってみると、気候のよい穏やかな環境の場所にそれなりのりっぱな家が建っている。中に入ってみると、家族が数人いて、食事時であるのか、ごちそうが食卓に並んでいる。よく見ると2mもの長さの箸がおいてある。ごちそうを目の前にしながら、箸が長すぎて食べることができないで、みんなで苦しんでいる(これは、譬え話であるので、“手で食べればよかろう”などというへそ曲がり的解釈はしないでもらいたい)。さて、次に天国へ行ってみた。そこの環境も同じように穏やかで、やはり立派な家が建っている。中にはいってみるとやはり、家族が数人いて、食卓にごちそうが並んでいる。ここでも箸の長さはやはり2mの長いものしかおいていない。しかし、ここの人達は、その長い箸をうまく使って、ごちそうをつまんではそれぞれ相手に食べさせ合い、幸せに食事をしていた。」というような内容だったと思う。その後、その見学した人がどうなったか・・・? 確か、両方を見学して、様々なことを学び、深く仏教に帰依して天国に行ったはずである。めでたし、めでたし・・・。

さてこの短く、簡単な話の中に、いくつもの高い理念というか、真理というものが含まれている気がする。この世は実に様々な人が様々な次元で生きている。例え同じ環境や境遇で生きていても、それをどのように受け取っているか、すなわち、苦しみばかりを見て生きていくのか、楽しさを見いだしながら生きていくのか、その状況に絶望しているのか、何らかの可能性や希望をもっているのか、それによって全く次元を事にする世界にいることになる。

現実の生活で起こってくる種々様々な事柄にとらわれては、思い悩み、苦しんでいることもしばしばであるが、何かをきっかけとしてこの“観の転換”に、ふと心が至ると状況としては同じでも不思議と「苦」と感じていたことが消え去っていたり、あるいは軽くなっていたりすることは私だけではなく多くの人々が経験していることと思う。今置かれている状況をどのように捉えるのか、あるいは今の状況に絶望してあきらめてしまうのか、それとも今ある状況を最大限に生かすために何ができるのかという姿勢で取り組めるのか否かで、同じ状況が天国にも地獄にもなる。“天国と地獄”は死んでから行く所というよりも、人それぞれの人生のあらゆる瞬間に生み出されている心の状態でこの世を捉えている世界であるのかもしれない。

思いつくままに取りとめのないことを長々と書いてきてしまいました。 (一漢方医のたわごと・・・)

(遠田弘一)
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2001年06月01日

005:漢方薬の処方はどう決める

漢方の診察室に入ると、まず症状や状態を事細かに聞き、脈やお腹を診た後で、医者はやおら漢方薬名を処方箋に書き込みます。脈をとって何がわかるの?どうしてお腹の病気でないのにお腹を見せるの?等々、色々不思議に思われることが多いと思います。今回は漢方の診察で漢方医は何を診ているか、また処方をどうやって決めているかについてお話しします。

症状を聞くのは西洋医学と同じですが、問診ではいくぶん異なるところがあります。まず、便通や排尿回数など排泄に関することを詳しく聞きます。これは漢方の本質とも結びついたことです。次に、冷え、渇き、肩こり、めまいや立ちくらみの有無、生理の状態など西洋医学ではあまり重視しない事柄も聞きます。これらの症状の有無によって使う漢方薬が違ってきます。

診察で特徴があるのは脈の状態(脈診)と腹部の状態(腹診)を見ることです。脈診ではおもに脈の強さを見、腹診では色々見るところはありますが、一番大切なのは腹部の力です。体力のある人は押さえるとやはり弾力があり、その分強い漢方薬も使えますが、衰弱した人ではお腹に力がなく、強い漢方薬は向きません。

先に漢方の本質と述べましたが、漢方の本質とは何でしょう。漢方薬は、汗を出したり、便を出したり、尿を出したりという排泄過程(逆に排泄を抑える場合も含む)を通じて、身体が本来持っている自然治癒力を引き出すことによって病気を治しているようなのです。頼りなく聞こえるかもしれませんが、その分自然で副作用もなく病気を治せる訳です。この辺りはなかなか難しいので、興味のある方は拙著「漢方教室」でも読んでくださいね。
さて、問診をして診察をすれば、完璧な漢方薬が出せるのでしょうか?これがなかなか難しいのです。病気と漢方薬の対応は実に曖昧ですので、漢方治療家が違えば同じ人にも違う処方が出されることでしょう。西洋医学の目指す治療の標準化とは正反対の位置にあります。診断アルゴリズムは実に複雑すぎて、コンピューター診断にもなじみません。この辺りに、漢方治療の難しさと、またおもしろさがあるのです。

(雨宮修二)
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2001年05月01日

004:漢方復興の大恩人(和田啓十朗先生)

前回は漢方復興の蔭の大恩人について紹介しました。今回はその人に影響されて、本当に漢方復興の大恩人になった和田啓十朗先生について紹介しておきます。

明治時代(1869〜1912)は欧米のものなら何でも良く見えた、いわゆる「文明開化」の時代でした。時の新政府は西洋医学の積極的な導入を図るとともに、漢方医学については幾つもの法律を制定してまで、これを消滅させようとしましたので、漢方医学の伝統は殆ど消失してしまいました。

この時、西洋医学を学び、その医師免許を取得しながら、更に、消滅しかかっていた漢方医学を敢えて習得し、その治療術の長所を存分に体験し、それを通じて西洋医学の欠陥を深く認識し、両医学の利害得失を実践的に比較考察して、社会一般が漢方を排斥し、西洋医学を盲信しているその誤りを正そうとして、「医界の鉄椎」という本を出版しました。

世を挙げて西洋医学一辺倒になっていた時代です。こんな先進的な本を出版してくれる書店はどこにもありませんでしたので、当然、自費出版となりました。それこそ「食を粗にし衣を薄くして得たる資金を以ってようやく出版した」ということのようです。

この本はすぐには評価されませんでしたが、やがてこれに共鳴する人達が現れてきて、そういう人達の尽力によって、今日のように漢方が復興してきたわけです。こういう機縁を作られた最初の人が和田啓十朗先生だったわけですので、今日、漢方復興の大恩人とされているのです。

昭和53年10月22日、東京都中央区浜町の自然公園において、先生の顕彰碑除幕式が執り行われました。先生が実際に漢方の臨床実践を行っていたご自宅のすぐ前のところです。その機会のある人は、どうぞその場を訪れて、先生の努力と功績を偲んでみて下さい。

(遠田裕政)
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2001年04月01日

003:葛根湯とともに

葛根湯医者(これは別名藪医者のこと)という言葉がある。それは次のような話からきている。うろ覚えであるが、ある時(おそらく江戸時代か?)漢方を行う医者がいて、そこを訪れる患者に何かというと葛根湯を処方していたそうである。ある日、病を患った人が付き添いとともにこの医者を訪れた。当の患者を診察して葛根湯を処方した後で、その連れの人に向かい「で、あなたはどんなご用で?」と問い、その連れが「はい、付き添いの者です」と答えると、「では、葛根湯を飲んで、ゆっくりお休み・・・」と言った。というような話だったと記憶している。

私は道に迷った末にようやく医者となり、その後、漢方を志すようになり、現在は父のいる近畿大学東洋医学研究所に席をおき、助手として勤務しているが、葛根湯は私自身も愛用し、また、頻繁に処方する薬方でもある。(つまり藪医者の仲間入りということであろうか?)

父が医者であり、また漢方をやっていたものだから、小さい頃より風邪を引いたら、必ず葛根湯を飲んでいた(というより飲まされていた・・・)。下痢や吐き気が強いときなどは、ときに半夏瀉心湯なども併用していた。この2つの薬方でだいたい事足りてきた。頭痛がやや強いときなどには西洋医学の一般総合感冒薬である、PL顆粒を使うこともあったが、風邪で病院へ行ったことは記憶していない。少なくとも物心がついてからは・・・。

高校生の時、友達の家に遊びに行ったとき、たまたま、その弟が風邪を引いていて、病院に行くというので、一緒についていったことがあり、このとき、初めて「なんと病院とは人の多い所だろう」という思いと、他の人は風邪(ごとき?)で病院へ行くものなんだなぁという驚きをもったことを記憶している。このとき、友達の母親が「ついつい抗生物質に頼ってしまって・・・」というようなことを言っていたが、抗生物質が何を意味するのか知らなかった。ただ、そういう薬で他の人は風邪を治しているのかという漠然とした思いを抱いたものである。

現在、医者となり、一般病院でも外来をするようになり、なんと多くの患者さんが、風邪で来院することかという思いをあらためて深めている。一般的に多くの病院や診療所では風邪のときに抗生物質や解熱剤を処方する傾向にある。しかし、風邪の多くの原因はウイルスであり、抗生物質は細菌に対する薬であるので、予防的としても、むやみに処方するのは、決して良いことではない。むしろそういった漠然とした抗生物質の乱用によって耐性菌というやっかいな現象を引き起こしていることも周知の事実である。確かに、細菌感染が明らかなときには、抗生物質は有用な薬であり、この薬の登場によって多くの患者さんの命を救ってきたことも事実ではあるが、やはり使用にあたっては、確かな診断をつけてからにするべきであろう。また発熱を気にする人も多く、今では鎮痛解熱剤が簡単に手に入るので、ちょっとした熱でも直ぐに解熱剤で対処する傾向にあるが、発熱はむしろ精妙な人体が風邪に対抗して(治そうとして)自然に出してくる反応であるので、直ぐに下げてしまうことはやはり良くない。熱を下げれば、一時的には楽かもしれないが、風邪を長引かせる原因ともなるし、こういった便利さが、自然と人の抵抗力を奪っているのかもしれない。

普通の風邪(特に冬の風邪)の時は部屋を乾燥させないようにすることや、普段から手洗い・うがいをよくするようにといった、一般的な注意をすることはもちろん大事であるが、初期には体を暖かくし、十分発汗させることが最も大事なことである。この働きを助ける葛根湯は、多くの人に最も適した安全な薬方である。葛根湯は昔からそうだが、近代漢方(近畿大学東洋医学研究所において提唱し、実践している近代化された漢方のこと)の基本8湯の分類では(強)汗方湯に属する。これは自然な発汗を助け、自然な解熱を促すものである。その他、鼻や喉の異常に対しても、よく作用する薬であり、慢性の肩凝りその他の疾患にも使う応用範囲の広い薬方である。

葛根湯とともに育ってきた私は今でも葛根湯を自分自身で愛用し、多くの人に処方している。

(遠田弘一) 
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2001年03月01日

002:コンピューターの光と陰

前回は格調高いお話しでしたが、今回の私の番では漢方とコンピューターについて、軽い感想を述べさせてもらいます。

まず、インターネットによって情報が手軽に世界中から瞬時に得られるようになり、また個人でも簡単に情報発信できるようになったのは、素晴らしいことです。このサイトで今こうして意見を述べられるのも、まさにインターネットのおかげなのですから。

私自身も今はコンピューター・オタクのように周囲からは思われているようですが、元々パソコンはそう好きな方ではありませんでした。学会発表やデータ整理には使っていましたが、そう詳しくはなくまたのめり込むこともありませんでした。しかし、世の中でインターネットという言葉を多く聞くようになった1995年頃のある日、ホームページを記述するHTMLを簡単な雑誌を片手に書いてみると、味気ないHTMLがMosaic*で見ると美しいページに一変するではありませんか。あの日の感動は忘れられません。それからはタグ*の解説書を読み、新しいブラウザー*が出ればすぐにダウンロードし、まさにインターネット漬けの日々になってしまいました。ネットワークやコンピューターのこともようやく以前よりはわかるようになっていったと思います。

ところで、将来インターネットを通じて漢方の診断や薬の処方-virtual kampo hospital-ができるようになるでしょうか?法律的にも今は無理ですが、それががクリアーできても、私はけっしてそういうことにはならないと思います。漢方はとりわけ症状と薬の対応が曖昧な領域で、正しい薬を出すためには患者さんの状態や様子をよく診ることが必要とされます。インターネットを通じて得られる限られた情報からは、正解に至るのはたいへん難しいでしょう。また、患者さんに相対してよく診るというセレモニーは、良好な医師-患者関係を築くためにも必須のことだと思います。
 今回はコンピューターの光と陰と称して、インターネットと漢方についての私見を述べました。否定的なことも述べましたが、私はインターネットを通じて情報を提供するのは大好きなのです。また、ホームページを見られた方からのメールはなにより励みになりますので、どうぞ遠慮なくご相談ください。

(雨宮修二) 

*注)これを見られている貴方はご存じでしょうが一応
Mosaic:Netscape Navigatorの前身。
タグ:< >。HTMLの基本的な構成要素。
ブラウザー:Netscape NavigatorやInternet Explorerなどホームページを見るソフト。
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2001年02月01日

001:漢方復興の蔭の大恩人

明治時代(1868-1912)は欧米のものなら何でも良く見えた、いわゆる「文明開化」の時代でした。世を挙げて西洋医学一辺倒の時代に「医界の鉄槌」(和田啓十郎著)(1910)が出版され、真摯な先人達がこれに続いて、その命を賭けた献身と尽力のお陰で、まさに「消滅の危機」にあった東洋医学は、今日、正しく真剣に検討されるべきものとして、一般に認識されるようになりました。かくして、和田啓十郎先生は漢方復興の大恩人とされていますが、なんでこんな大きな仕事が先生には出来たのでしょうか。

先生がまだ6〜7才の頃、家族の一人が難病にかかって、5〜6年間に、所謂、地方の名医十数人に診療を託したのですが、改善せず、羸痩(るいそう)*は益々加わり、腹脹*も更に甚しくなって、病人自身が全快は不可能と悟り、死を覚悟して、某漢方医にかかりたいと言い出したわけです。以前、家人はその漢方医のみすぼらしい外見を見て侮り、無視していたのですが、今回は病人の頼みでもありましたので、遂に診療を託すことになりました。約半年の服薬で病の大半が治り、その後、約1年ほどで完治してしまいました。

この出来事が少年の脳底*に深刻され、結局、後年、先生が東洋医学を研究し、その復興の口火を切ることの根本的な機縁になったわけです。今は全く名も知られないこの漢方医は誠になんと素晴らしい事をしてくれたものでしょうか。まさに、漢方復興の蔭の大恩人と言われてもよいような事をしてくれたわけです。  人間の一挙手一投足がいかに大きな影響を周囲に与えていき得るものであるか、大いに考えさせられる出来事でした。

(遠田裕政)

*注:
羸痩(るいそう):痩せ細ること。医学用語。
腹脹:腹が張って苦しい様子。漢方用語。
脳底に深刻:脳裏に深く刻まれること。(和田啓十郎先生の用語だそうです)
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